山の名の“
セイメイバン(セーメーバン)”は、おそらく“
清明判”でしょう。
漢字表記ではなく、そのままカタカナです。場所は山梨県の金山集落の北北東に位置する1006.2メートルの小さなピークです。国土地理院の地形図には山名表記はありませんが、ここが安倍(阿倍)清明の判・・・つまり清明の紋章と呼ばれる山です。
■マップデータ
この地形図では中々にわかりずらいのですが、この山は星の形をしています。この山は
大菩薩連稜のひとつで、
雁ヶ腹摺山(がんがはらすりやま)から連なる尾根のひとつ。この山を目にしたのは高校時代。山岳地図を眺めているとき、“
セイメイバン”と表記された奇妙な山名が目に入ったのです。聞けば、山仲間の誰も登ったことがなく、高度1000メートルほどということもあり、奇妙な気分だけを残して忘れていました。
この山に対する興味が起こるのは、かなり後のこと。大月周辺の薮山を捜して地図を眺めていたら、同じエリアに再びおかしな山名を発見しました。それは
道満山というもの。道満といえば、清明と戦ったとされる陰陽師、
芦屋道満(あしやどうまん)ではないですか!清明と道満・・・これはものすごく奇妙な符合です。
そこで早速調査をすると、やはりこの金山地区には昔からの伝説が残っていました。
今から千年ほど前のこと。山の南麓にある畑倉の集落にひとりの行者が立ち寄った。行者の名は陰陽師の安陪清明。彼は水利の便が悪く作物が生らないという村人の嘆きを聞いて、法力で明朝までに溢れんばかりの水を村に引こう、と約束をした。
山に入った清明は、大岱山の裏を流れる菅沢の水を引こうと、水路となる穴を掘り始めた。しかし、深夜の最中に突然一番鶏の鳴き声が響き渡った。これは岩殿山の鬼が清明の行いを妬み仕掛けたことだった。鶏の声に夜明けが近いと錯覚した清明は落胆し、村人になんと言い訳すればよいのか、と思い煩った。
こんなことを露知らぬ村人は夜明けとともに山に入り、清明のもとを訪れた。すると、清明は、仕事を完成できなかったのを苦に悶死してしまっていた。このようなわけで、これを悼み、清明の亡骸の残されていた峰を以後“セイメイバン”と呼ぶようになった。ということでした。つまり、清明は悶死したのかは別にして、岩殿山の鬼に倒されてしまった、と読むことができそうですね。
清明と道満の戦いは清明が勝ちましたが、その後の道満となんらかの係わりをもっていそうな
岩殿山の陰陽師集団に殺されてしまった、ということなのでしょうか。ちなみにセーメイバンのバンは
判とのこと。判には
定規の意味がありますから・・・清明の定規といえば、やはり五方星でしょう。
こういった
一夜試し系の物語には鬼がつきものですね。
霧島の鬼岩階段も、一夜のうちに千段の階段を築ければ美女を嫁にできるとの約束を鬼が取り交わす。鬼はあっという間に石を積み上げ、あとひとつというときに、神様が一番鶏を鳴かして、結局鬼の企みを阻止する。これは
秋田男鹿の五社堂の石段を築く鬼をはじめ各地の一夜試し伝説はみな同じ構造です。
つまり、
鬼は一番鶏が鳴くと去っていくという構造なんですが、しかし甲州のセイメイバン伝説では、
退治されるのは安陪清明。これから察するに、
清明もまた鬼と同族だったか、はたまた鬼とマーケット競合していた存在だったということ。競争相手だったのかもしれません。なぜ清明がこの金山地区に立ち寄ったのか。この金山地区でほんとうは何を企んでいたのか、非常に興味深いです。
水路を山に掘る、ということですが、山を掘るというのは、もしかしたら金の鉱脈開発ではなかったかとも推測できます。後の世に、このエリアは
信玄によって多くの鉱脈が掘られています。対する道満は、やはり陰陽師ではありますが、その根には神道系の臭いがぷんぷんします。清明に競合したのは岩殿山の鬼とされており、この
岩殿山の一派と道満とは同じ流れだったかもしれません。
もっと俯瞰的に見れば、当時の日本は各種の流派がしのぎを削って金の鉱脈開発に躍起になっていた。そして道満のエリアに食い込もうとする清明系陰陽師らがその計画を頓挫させられたとも読めます。金の鉱脈の在り処は、東北(丑寅)に山脈が連なる場所である、と修験や山見の記録では伝わっています。そういえば丑寅の金神なる言葉もありますし。
この清明敗北の話にはもうひとつ面白いことが。
それは一番鶏と鬼の関係です。鬼にまつわる数字には、必ず
九九九など、九のゾロメを見ることができます。九十九とは“
つくも”もしくは“
土ぐも”とも読んで、この国に“
着いたモノ”・・・つまり、
土着のものを指します。また、この九九、九九九は面白い数字で数秘学的に見れば・・・
1:
9+9=18 ⇒ 1+8=9 つまり9
2:
9+9+9=27 ⇒ 2+7=9 つまり9
というように、総て九になる
神秘的とされる数でもあります。
これはさらに、陰陽道的に三月三日、五月五日、七月七日・・・など陽数のゾロメの数。こうした繰り返しの中で九九または九九九は、いくら足し合わせても九にしかならない鬼の数なのかもしれません。または、百にならない数。
百とは“もも”とも呼ばれました。そういえば聖書には“666”という獣の数が出てきますが、こちらは聖書に隠された暗号を解くためのキーとなるものですので、九九九とは無関係(^^;
それにもうひとつ・・・
鬼を退ける存在としての鶏です。この国では鶏を食べるのを忌み嫌った痕跡が各地の風俗史に読み取ることができます。陰陽五行的に見た鶏のポジションも含め、鬼に勝る鶏の呪力というのは調べれば調べるほど面白いです。
丹沢の「かぶと湯」温泉の帳場にかかる鬼の面。ここは昔からある、岩を割って自然湧出する天然温泉。ものすごくツルツルになります。誰にも教えたくないほどの泉質です。
闇と共に跋扈する魑魅魍魎(ちみもうりょう)。しかし、これら魔物は朝とともに消えてしまいます。この朝を告げるのが鶏、というわけですが、かつては、鶏の鳴き声が朝を呼ぶとは考えられていなかったのか、ということ。
一番鶏の鳴き声は、朝を呼び込む呪力を秘める聖なるものと考えられていた、という可能性もあります。これは僕が勝手に言っているだけですが、鶏が邪悪を退ける聖なる存在であれば、飼われていても食べられることはなかった、と説明がつきそうではあります。
最後に・・・このセイメイバンや岩殿山の付近には、なんと百(もも)、犬、猿、鶏の地名があります。なにか思い出しませんか?
・・・そうです、
桃太郎です。桃は百(もも)です。鳥であるキジに犬、猿とくれば、これは桃太郎の従者です。そして、岩殿山の鬼。ここは後に金の鉱山となり、今でも
埋蔵金伝説が伝わる場所でもありますから・・・・
もし機会があれば、金山集落かセイメイバン(セーメーバン)に一度足を運んでみてください。ゆるやかな素晴らしい古きよき道がたおやかな頂まで通じています。それと、付近にある
真木(まぎ)温泉。真木は真金とも云われていたようで、やはり旧金鉱山の近くです。
これと連動するように鹿角でも「真木」の文字を持つ地名は「真金山(まきやま)」「槙山あるいは巻山」、「小真木」などがあって、何れも屈指の旧金山です。
ですので、山梨のセイメイバン付近のエリアで砂金取りすれば、きっとかなりの量を採取できるかもしれないですね。砂金が取れる場所は、蛇行する川の外側、もしくは水草の根元の砂の中です。
どなたか砂金取りの道具をお持の方がいらっしゃいましたら・・・ぜひいっしょに行かせてほしいものです(^^;
地図はこちら
ClubNatureメインはこちら
あなたにおススメの記事