山中の白い顔

ユウ_zetterlund

2007年12月13日 14:05

= 怪談CLUB 其の九 =


学生時代に登山に入れ込んだ友人たちも、家庭を持つ今ではクライミングから足を洗い、室内壁で楽しむゲームクライミングや縦走、ハイキング、夏場の沢登り中心に活動しているようです。

そんな友人から聞いた話です。

釣りをしつつキャンプを楽しもうと丹沢湖の北北西に続く、とある林道に入っていたときのこと・・・
このエリアはキャンプ禁止になっていて、だからと言って日帰りするのももったいない。そんな中で捻出した苦肉の策がビバークでした。テントを設営せずにシェルターなら文句は言われないだろう、という魂胆だったのでしょう。

沢を釣りあがりますが、釣果は思わしくなく、彼ら二人は午後早めに林道にあがると奥へと奥へと歩いて行きました。この林道をどん詰まりまで行くと、やがて道は廃道となった登山道になります。そこはかつて城ヶ尾峠を経由して道志の森キャンプ場、道志村へと抜けることができる山道でした。

その道も、ずいぶん前に地図から消えて、今では歩く人などほとんどいません。彼らはここを歩いて道志の森へ抜けて道志の湯に入ってタクシーで相模湖駅に向かおうという計画だったようです。

夕刻。日がとっぷりと暮れて、あたりが闇に沈む前にどこかビバークに適した場所を探そうと、ずんずん林道を急ぎます。やがて、ヘッドランプを出さないと何も見えなくなる、という時刻、道の右側になにやら小さな祠らしきものが見えました。

よく見ると、そこには地蔵が祀られていました。地図を調べると、どうやら地蔵平という場所らしいと判断できます。さらに奥へ進むとどことなく不自然な気持ちになりました。

道の両側が広く平らに広がって、そこだけ草がまばらです。ヘッドランプで照らしてみると、朽ち果てた家の基礎らしきものがずーっと残っています。林道の両側に多くの家屋がはるか昔、建っていたらしき痕跡です。

なんだか気味悪いな。彼はそう思いました。思ってはみたものの、そんなことは口には出さず、昔の部落跡かな、とだけつぶやきました。広場のように平らで、草もない。その周囲は丈高い雑草で覆われて風もあたらない。まさにビバークには好都合でした。

それは、彼らがストーブで炊飯しているときのこと。

ふと視界の端を白い何かがよぎったのです。え、と思って横を向くと、そこには墨で塗りつぶしたような暗い森があるだけ。再びストーブの上の湯の中でぐらぐら煮えているレトルトのカレーを眺めつつ、明日向かうはずの城ヶ尾峠について二人で話しを始めました。

この峠は戦国時代、信玄の山城があったとされている場所です。西丹沢の尾根伝いに武田家が城や砦を支配していた場所。信玄がここを拠点に何度も秦野や小田原方面に進軍したんだろうな。もしかしたら、ここでも何度も合戦があったろうから、兜とか見つかるかもしれないぞ、なんてことを話していたようです。

そうしてカレーを食べながらバーボンをちびりちびりやっていると、友人がじっと最前の森のほうを見ていました。たずねると、灰色のような何かが走っていたように見えた、と首をひねるだけ。それから何度か、背後になにやら気配を感じたり、すぐ横に何かがうずくまっているような妙な気分になったりしましたが、それも気のせいだと、酒盛りは続きます。

そしていつしか友人はネイチャーストーブの炎を前に、地面に敷いたマットの上でシュラフにくるまり横になってしまいました。

さて、そろそろ寝るかな、と思ったそのとき。バキバキ・・・と音がして背後の木の枝が落ちました。なんだよ、危ないな・・・と彼が落ちた枝を見ようとしたら、焚き火の炎に照らされてゆらゆらとほの明るく浮き上がる木の中に真っ白な顔が見えました。

顔は煙のように形をとどめず、消えそうになったり、明確になったりを繰り返し・・・やがてはっきりと人の顔になりました。目鼻口の部分の凹凸が影を作ったさまは、まさにデスマスクが木の中に吊るされたようだった、と。彼が、そう話して聞かせてくれました。

彼はあわてて友人を起こすと、荷をザックに詰め込んで、暗い林道をよたよた走って丹沢湖の車止めゲートまで戻ると、そこで一夜を過しました。もちろん翌朝、峠を越えるなどということはせず、朝一番のバスで新松田に向かったとのこと。

その白い影や白い顔が何だったのか。知らず知らずのうちに彼の心が作り出した幻影か、何かの野生動物か。ちょっと興味はありますが、ひとりで同じ場所に向かい夜を過すのは気がひけます(^^;;

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