S岳避難小屋で聞いた叫び声
8月初旬。同じ山岳部の仲間だったNとTは、夏休みを利用してT川岳に来ていた。
M太郎本谷をつめ上がり、ふたりはその日、S岳避難小屋で一泊する予定だった。まだ明るい午後3時すぎ。夕食の準備だけ済ました彼らは笹の茂る小屋横の日影にそれぞれマットを敷いて寝転んで、青く霞む山々を無言で眺めながら、うとうとしていた。
ふっと風が凪いだ。かさかさと鳴っていた笹の葉音が止んだ。この世の全ての音が途絶えたように無音になった次の瞬間。カ・・ン・・・カン・・・カン、カン、と鐘の鳴るような音が近づいてきたと思う間もなく「らぁーく!!!らぁーく!!」という悲痛な金切り声が耳を突き抜けた。ゴオォ・・・という音のない轟音に伴う風が身体をかすめ、青い何かが視界の端を染めた。
Nは驚いて目を開けた。
目に飛び込んできたのは雲ひとつなく晴れ渡った青空だった。耳元では、サラサラ・・・サラサラ、と笹が風に涼しげな葉音をたてていた。滴るほどの汗が涼やかな風にひやりとした感触だった。小屋の日影に寝ていたため暑くはない。不快な汗だった。心臓も怖いほど早く鼓動している。Kは起き上がりながら額の汗を腕でぬぐった。
ふと横を見ると、口を半開きに両目を大きく見開いたまま、汗びっしょりでマットに横たわるTの姿があった。
Nは、まさかと思い「聞いたのか」とTに言うと「あう」と半開きの口で声だけ絞り出し、しばらくしてから大きく深呼吸し疲れたように起き上がった。
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