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2010年01月13日

「あの山の名は」に応えてくれるPeak.ar


打ち合わせ先のビルの窓からPeak.arで・・・
浅間山の標高が間違ってますが、ご愛嬌


「あの山はなんですか?」

展望の良い頂や峠などでよく聞かれる言葉です。ボクもこれまでに何度も、遠くの山を指さされそう話しかけられた経験があり、即答できないこともしばしば。いちいち地図を広げ、コンパスを使ってまで答えたくはないので、そんな時には「さぁ・・・」とお茶をにごすことにしている。

そして、自分で地図を広げて調べろよ、という気分になる。

さて、こんなときにカメラをその山に向けて範囲設定するだけでピタリと山名を同定してくれる便利なアプリがあります。それがiPhoneアプリの「Peak.ar」。GPS機能とコンパス機能によって目の前の山を特定してくれる便利なアプリで、昨年から使いまくっています。


衛星GPSを使用するため通話エリアとは無関係に、山深い場所でも支障なく使えるもので、山の位置をiPhoneのカメラビューにオーバーレイさせ、山名と標高を表示してくれます。
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Posted by ユウ_zetterlund at 11:21TrackBack(1)★★逸品CLUB★★

2010年01月09日

雪とアウトドア



先日、幕張のカフェでのこと。

打ち合わせが終わり、海を眼前いっぱいに眺められるレストランで仕事仲間と食事をした。その際に、次回のスノーハイクのことを彼に話し「やっぱり雪はいいよなぁ」と呟いたボクに「ここは雪国じゃないからだよ」と、その知人がぼそりと言った。

聞けば彼の故郷は山形で、朝起きれば玄関前の雪かき、屋根の雪下ろしにはじまり、四六時中雪と格闘していると話してくれた。屋根の雪下ろしをしないと重みで玄関も開かなくなるのだとか。暗くどんよりした日々が続き、そこで生活していると「雪を見たくなくなる気持ちにも時としてなるんですよ」と彼。


そういえば江戸時代の文人、越後の鈴木牧之(すずきぼくし)翁も、その著書・北越雪譜で「江戸人は雪を粋なものとして愛でるが、それは雪国に生きぬ者たちだからだ」というようなことを記していたことを思い出した。何事も過ぎたるは及ばざるが如しものということか。ボクが移り住んだこの外房には全く雪が降らない。まさに、雪に関しては「及ばざる」エリアだけに、雪への憧憬もより大きくなってしまうようだ。

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Posted by ユウ_zetterlund at 22:28TrackBack(0)【ネイチャーな毎日】

2010年01月05日

トランギアとデュアルヒート用ゴトク(旧型)



やっぱり年明け第一回目の記事は大好きなトランギアネタで。今回はiPhoneの写真アプリであるHipstamaticで撮影した画像を使用してみました。

この年末の天気は荒れましたね。実は山仲間と富士山で雪上訓練を予定していましたが延期にしました。そのかわりボクは年末一泊で奥日光にて個人山行をまったりと堪能してきました。

今回はKIVAあるいはHEX3は持参せず、テントはmossのみ。本来であれば「エアライズ+外張り」ですが、エアライズ本体が長年酷使したため昨年とうとう不具合多数となり、仕方なく重たいmossテントとなりました。

今年、エアライズ本体のみを新調するか、あるいはメスナーテント(ニッピン)、ステラリッジⅠ(モンベル)にするか、あと少し楽しんで決定することにします。基本は冬用の外張りがオプションで存在することです。内張りもあれば言うことはありませんが、そこまで贅沢は言いません(笑

ゴアライトやエスパースは今までの山岳部や山岳会の共同装備で使用しているため、できれば個人としては別なタイプを使ってみたいと思っています。

で、ストーブは本題のトランギアアルコールストーブ「TR-B25」

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Posted by ユウ_zetterlund at 11:10TrackBack(1)★★逸品CLUB★★

2010年01月01日

謹賀新年


あけましておめでとうございます
年末、福島と新潟県境の山と奥日光の山で、冬山を二度楽しんできました。


福島新潟は寒気団が南下する中、たっぷりの豪雪を楽しんできました。しかし大晦日直前の奥日光でも強い寒気団と冬型気圧配置の気配。年末もひかえているため風雪激しくなる直前に撤収下山。自宅で31日に大掃除し、ぬくぬくのんびりと年越ししました。

こういった平穏な年越しもまたいいものですね。

お正月は学生時代に読んだ「山の旅」でもコーヒー飲みながらじっくりと読み返すことにします。

この「山の旅」は「黒部の山賊」や「山と渓谷(田辺重治著)」にならぶ、山の本のベスト10に自分の中ではランクインしています。登山黎明期の大正時代。日本の山岳会をリードする槇有恒、三田幸夫たち伝説のクライマーたちの多岐に渡る“山旅”の記録が素晴らしい文章で綴られています。

山好きな方のお正月におすすめしたい山の本です。それでは、今年一年よい年でありますように。

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Posted by ユウ_zetterlund at 14:12TrackBack(2)ClubNature通信

2009年12月28日

スノーペグを作る楽しみ



木枯らし吹いて、初冠雪が穂高や富士の頂きをうっすら染める頃になると、決まってすることがあります。それがスノーペグ作りです。材料の竹は、以前はホームセンターから数百円ほどで調達していましたが、現在はすぐ横の竹やぶからもらってきます。

この竹をナタで4つ割りの竹板にして、それを15センチから20センチ程度の短冊に切って真ん中に穴を穿ち麻ひもを通して完成。天気の良い休日など新聞紙を広げた上でこの竹板の周囲を小刀でカリカリと削っていると、あぁ冬だなぁ・・・と思うわけです。これは、もう高校時代から変わらぬ、冬を迎える儀式のようなものです。

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Posted by ユウ_zetterlund at 17:38TrackBack(1)【ネイチャーな毎日】

2009年12月24日

冬キャンプ



別の記事として以前アップしたのだが、ボクがまだ16歳の頃。夏休み中の8月中旬。同じ高校山岳部の友人と二人で南アルプスを縦走するため北岳に登ったときのこと。

経験の浅かったボクらは、ちょうど近づいてきていた寒冷前線の存在を過小評価するという判断ミスを犯ししてまった。広河原から北岳の肩のテント場に向かう行程半ばで風雨が激しさを増し、横殴りの雨が小石の礫のような痛さで顔に当たる。さらには息もできないほどの暴風となり、とうとう稜線に出た瞬間に40キロ近くの荷を背負った体がふわりと浮かんで、あわや飛ばされそうになってしまった。風速は40メートルを超えていた。

息ができないばかりか立って歩くことすらできず、這うように耐風姿勢をとり、暴風の合間合間で歩き、途中でとうとうビバークを余儀なくされた。激しい風雨は夜半まで続き、ボクらは一睡もできずに絶えずテントを内側から支えたり、頻繁に張り綱を補強したりするため、雨具を着たままシュラフに入っていた。

テントの中は水没状態で、床に水がたまっている中にぐしゃぐしゃに湿ったシュラフがある、という状況。その暴風雨は夜半に収まり、今度は想像を絶する寒さが襲ってきた。ヘッドランプの光の中、吐く息が真っ白になり、次第にテント内が霧氷でキラキラし始めた

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Posted by ユウ_zetterlund at 11:09TrackBack(0)山キャンプ

2009年12月11日

寂しい景色



なんたる寂しさ。

最初にこの茫漠とした九十九里の砂浜に立ったときの素直な気持ちだ。波音と風音ばかりが延々と続く見渡す限りに広い砂浜に充ち満ちて、ひとけ無し。人類が絶えた後を思い描くのに、これほど最適な場所もないだろう。

砂浜に座り、遠く太平洋の彼方を見ていると無我になれる。しかし、ここで人生を回顧するよりも、打ち寄せる波に触れながら、同じ海に触れている海の彼方の大陸やあるいは諸島に思いを馳せることが多くなってしまった。

ちょうど今、デンマークでは各国の環境大臣が集う締約国会議(Conference of Parties)「COP15」の真っ最中。地球温暖化による海水面上昇で水没の危機に直面する太平洋の小さな島々が切実な気持ちを訴えている。

ボクなどが「環境を」なんて言ったとしても、それはポーズに過ぎないと感じている。もちろん次世代のために、という思いもあるけれど、やはり年々上昇する海水面に居住区を追われ、やがて住み慣れた島を捨てねばならないと予感したときの気持ちは想像できたとしても、まだまだ生ぬるいだろう。

そういえば実際にダムに沈む村で撮影された「村の写真集」というとても素敵な物語の映画があった。藤竜也、宮地真緒、甲元雅裕、吹石一恵、原田知世、桜むつこなどの渋い俳優陣がキャストをかため、グッと心を鷲づかみされるような感動の物語に仕上がっている・・・

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Posted by ユウ_zetterlund at 12:31TrackBack(2)★記憶のかけら

2009年12月07日

素晴らしきクライミング


写真はBlog「放置民が行く」の“いのうえ氏”が撮影


歳をとっても楽しめる素晴らしき趣味のひとつがクライミングだ。

しかし、どうも“クライミング”と聞くと、若いときにしかできないもの、という考えを持つ方も多く、昔いっしょに登っていた仲間の「いつまでもクライミングなんかやってられないしさ」とか「子供がいるんだぜ。死にたくないよ」などという言葉を聞くたびに心中で舌打ちしたくなってしまうのだ。

ボクは、学生時代のようなクライミングではなく、困難さとは無縁の気持ちのいいアルパインルートを楽しもうとしている、のにだ。

山をより深く楽しみつくすには、やはり、登山道を歩く“山歩き”だけでなく、手足と頭脳を駆使して登る“山登り”だと思う。そして“山登り(クライミング)”とは言っても、なにも難易度の高いルートばかりがあるわけではない。

たとえば難易度の高いアルパインルートを攻略するクライマーが存在するいっぽうで、クラシックなアルパインルートを楽しむクライマーも多い。後者には、学生時代に山岳部で登っていた方や山岳会で技術維持・レベルアップをしている方はもちろん、講習会に参加して技術習得に励む方など、それぞれが自分にあった方法で技術を学び、レベルに見合ったルートで山を思う存分楽しんでいる。

未踏峰を狙ったり、いまだ困難さゆえ攻略されていないルートを攻めるようなことは目的としていない。だからといってあまりにも簡単すぎるルートは面白くない。多少、難易度が高く、クライミングにともなうアドレナリンによる高揚感が味わいたいのだ
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Posted by ユウ_zetterlund at 12:47TrackBack(1)【ネイチャーな毎日】

2009年12月04日

山、夫婦、好きもの同士

彼女はグラフィックデザイナーで、そろそろ40歳になろうとしている。

彼女がTエージェンシーに勤務していた20代頃のファッションは、グラフィックデザイナーらしからぬ、めちゃくちゃタイトなボディコン的なものだった。おまけに強めの香水がぷんぷんと匂うので、打ち合わせのときは窓をあけて匂いを緩和させた。彼女が帰るとボクはすかさずコーヒーをドリップし、派手な残り香の中和にやっきになった。

長身で目鼻立ち整う彼女の容姿は、自分で選んだ香水同様にかなり派手だった。もしも香水がもっと奥ゆかしげに香っていたなら、彼女との打ち合わせはきっと天国のように楽しいものになっていたことだろう。

最近、たまたま彼女と会う機会があった。その際に、そろそろ40歳に手がとどくはずの彼女と青山で待ち合わせして本人を識別できないという不覚を演じてしまった。

脳裏では例の派手な香りとともに派手なタイトファッションでご登場、というシミュレーションが出来上がっていたのだけれど、彼女は人ごみの中から黒でまとめたタイトスカートファッションに黒のレギンス、白黒コンビのヒールに大きな黒いボストンとサングラス。というモデルばりの出で立ちで颯爽と現れたのだった。

モデルかな、と思いながら視線のはじで見て見ぬふりしていると、なんとボクのすぐ横に立った。非言語的行動における距離感覚でいえば、その距離45センチほど。これはつまり、かなり親しい関係の場合にとる親密距離である。

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Posted by ユウ_zetterlund at 17:25TrackBack(1)ダイアリー

2009年12月02日

S岳避難小屋で聞いた叫び声

8月初旬。同じ山岳部の仲間だったNとTは、夏休みを利用してT川岳に来ていた。

M太郎本谷をつめ上がり、ふたりはその日、S岳避難小屋で一泊する予定だった。まだ明るい午後3時すぎ。夕食の準備だけ済ました彼らは笹の茂る小屋横の日影にそれぞれマットを敷いて寝転んで、青く霞む山々を無言で眺めながら、うとうとしていた。

ふっと風が凪いだ。かさかさと鳴っていた笹の葉音が止んだ。この世の全ての音が途絶えたように無音になった次の瞬間。カ・・ン・・・カン・・・カン、カン、と鐘の鳴るような音が近づいてきたと思う間もなく「らぁーく!!!らぁーく!!」という悲痛な金切り声が耳を突き抜けた。ゴオォ・・・という音のない轟音に伴う風が身体をかすめ、青い何かが視界の端を染めた。

Nは驚いて目を開けた。

目に飛び込んできたのは雲ひとつなく晴れ渡った青空だった。耳元では、サラサラ・・・サラサラ、と笹が風に涼しげな葉音をたてていた。滴るほどの汗が涼やかな風にひやりとした感触だった。小屋の日影に寝ていたため暑くはない。不快な汗だった。心臓も怖いほど早く鼓動している。Kは起き上がりながら額の汗を腕でぬぐった。

ふと横を見ると、口を半開きに両目を大きく見開いたまま、汗びっしょりでマットに横たわるTの姿があった。

Nは、まさかと思い「聞いたのか」とTに言うと「あう」と半開きの口で声だけ絞り出し、しばらくしてから大きく深呼吸し疲れたように起き上がった。

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Posted by ユウ_zetterlund at 16:51TrackBack(1)★山岳奇譚・怪談CLUB

2009年11月30日

アプローチシューズ



急遽、予定にない買い物をしなければならなくなってしまった。

検討しているのは、Ⅳ級程度は難なく登れて、さらに泥や草付き斜面であっても対応できるクライミング兼用アプローチシューズ。予定になかったのは、愛用していたアプローチシューズが、先日、丹沢で崩壊してしまったのだ。そのモデルは写真の靴だ。

岩場までのアプローチ用あるいは無積雪期のバリエーションルート用として愛用しており、写真のシューズは酷使して底が磨り減ってしまったガイドテニーの次に、7年ほど前に新調した二代目シューズ。製品名は忘れてしまった。残念・・・

その日は、日ごろ楽しく交流させていただいているアウトドアブログメンバーたちと丹沢でまったりクライミングを楽しみながらのオフということで、クライミング専用のフラットソールまでは不要だろうと、これを持ち出した。現地で、最初にトップロープをセットするために側壁をよじ登り、その後は、ちょこちょこビレイをしたり、ぐだぐだしていたのだが、ふと急に足元が涼しくなった

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Posted by ユウ_zetterlund at 12:06TrackBack(3)★★逸品CLUB★★

2009年11月25日

アンナプルナ・グラス



これは、たぶん30年以上も前のシュイナード・イクイップメント社のギアカタログ。

おや?と思われた方、なかなかの事情通。シュイナード・イクイップメントはパタゴニア創始者のイヴォン・シュイナードが最初に立ち上げたガレージメーカーで、事故による補償問題で廃業に追い込まれた同社を従業員たちが引き継いで立ち上げたのがブラックダイヤモンド。いっぽうでシュイナード・イクイップメントのアパレル部門が独立したのがパタゴニア。

ということで、シュイナード・イクイップメントはブラックダイヤモンドとパタゴニアの原点というわけです。

同社の古いカタログを眺めていると、まさに「光陰矢のごとし」が実感できてしまう。30年ほど前に穴の開くほど眺めまわし、お小遣いを貯金して手に入れたギアの数々が並び、それらを駆使したテクニックまで載っている。ピッケルの制動テクニックも、今となっては使われないものもあって、さすがに時代を感じさせてくれる。

この中にアンナプルナグラス(上右写真)、なんていうサングラスがある。これは当時としてはなかなか最先端のサングラスで、もちろん自分も雪山でこのサングラスを自慢げに使っていた。今見ると、なんだかパーティーグッズの変装グラスに似ていなくもない。しかし、これは現在も山道具屋で手に入ると思う。

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Posted by ユウ_zetterlund at 10:29TrackBack(1)★記憶のかけら

2009年11月21日

雪山・スノーハイクと鹿澤館



雪山には一種独特の特有な匂いがある。

あちこちの山が冠雪する今の時期になると、鼻腔の奥にかすかにツン・・・と雪山の匂いがして、憧れのひとと初めてデートする直前のような、そんなそわそわとした落ち着かない気分になる。

一日しか休みがとれず、どうにも身動きが取れない週末など、もう無意識のうちに身体が反応し、納戸からガチャガチャとクランポンやピッケル、スノーアンカーだのを無闇やたらに引っ張り出しては撫で回したり、すでにギンギンに研いであるクランポンの歯に鉄ヤスリをカタチだけ当ててみたり。そうしていることで、少しでも雪山に近づいたような気がして落ち着くことができるから不思議だ。

さて、出かける場所は様々で、山仲間とは大好きな白馬の主稜を筆頭に、奥穂や谷川あたりに向かう。しかしいっぽうで、のんびりと雪と戯れに磐梯あるいは鹿沢高原、霧ヶ峰・蓼科、北八ッなどにフラリと向かうことも多い。中でもひと冬に何度か訪れるエリアが奥蓼科・霧ヶ峰と鹿沢高原・湯の丸山周辺で、特に鹿沢高原で雪中野宿しながらスノーハイク(または山スキー)していると、吹雪の晩などまるで戦前の登山黎明期にタイムスリップしてしまったような、妙な気分に浸ることができる。

おそらくそれは、鹿沢高原にある「雪山賛歌の碑」のせいだろうと想像している。

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Posted by ユウ_zetterlund at 12:46TrackBack(1)【ネイチャーな毎日】

2009年11月17日

丹沢・紅葉クライミング



丹沢で大好きな場所のひとつが七沢・広沢寺・日向薬師エリア。

登山というよりも、古の山里風情が感じられる「心のふるさと」のような場所です。中でも、八王子に住んでいた数年前まで、ちょこちょこと散策に訪なったのが広沢寺という、里山に周囲を囲まれた静かな山里。付近には日向薬師なんていう、堂々たる藁葺きの巨大な本堂を持つ、関東地方では有数の古寺もあり、訪ねるたびに新しい発見が楽しめる、古代からの宝物のような場所です。

ちょうど今の晩秋に広沢寺の林道を歩くと、山寺の境内や集落から焚火の煙が青空に一筋伸びて、それがまたなんともいえない懐かしさを感じさせてくれるのです。この広沢寺には、ハイカーのために大きな駐車場があり、目の前の森の中には「広沢寺温泉」という、「七沢温泉」や「かぶと湯温泉」同様に非常にアルカリ度の高い温泉もあります。

広沢寺温泉前の駐車場に車を置いて、林道を真っ直ぐ進めばトンネルの先に大山と三峰山どちらにも登れる峠に出られますし、途中の林道分岐を左側に進めば、5分も歩けば右の沢の向こう側に大きな岸壁が見えてきます。その岸壁が弁天岩と呼ばれるクライマーたちのかっこうの練習場所です。

林道からは高度感を伴って見えますが、実際は傾斜は緩く空間への身体的露出感がないため登る際の怖さはまったくありません。中央のメインのスラブなどは実に気持ちよくフンフン鼻唄混じりに登ることができますが、そのぶんテーマを持たずに登るだけだと、欲求不満になってしまいそうです。

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Posted by ユウ_zetterlund at 17:17TrackBack(1)ダイアリー

2009年11月12日

ドイツソーセージと燻製キャンプ



燻製はうまい!

「黒部の山賊」に登場する上高地の歴史ある山小屋オーナー&山岳ガイドの先駆者たちも、例えば釣り上げた岩魚は塩焼きせず燻製するに限るのだと、口々にそう述べている。これに影響されてボクも自宅で一斗缶燻製器を自作して、ツナやゆで卵やイカを材料に燻製の真似事などをして楽しんでいた。

そのことをかつての仕事&アウトドア仲間に話すと、実は彼は本格的な燻製にどっぷりとはまっていることが判明。そこで、今年、ぜひにと彼に参加を促して始めたのが燻製キャンプだった。一回目は成田の森キャンプ場にて開催。そのあまりの素晴らしさが忘れられず、夏はメンバーも増え、燻製にカヌーツーリングが加わった「燻製&カヌーキャンプ」を中禅寺湖畔の菖蒲ケ浜キャンプ場で開催。


これはローストチキン


作るのは極上の豚バラ肉を材料とした贅沢なベーコンと、これまた極上肉を材料としたハム。どちらの肉も燻製部長であるハリー氏が産地にこだわり数十キロ単位で仕入れ、熟成させ、下ごしらえしているから仕上がりも絶品。そして次回はこれに「ソーセージも加えよう」と話だけはどんどん大きくなってゆく。

実は、10代の頃よりドイツが大好きだった。小学校当時に家族で参加していたコミュニオンに年下のすごく美しい女の子がいて、人づてに聞いた話では彼女はドイツ人とのハーフだった

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Posted by ユウ_zetterlund at 10:35TrackBack(1)★FOOD・料理

2009年11月09日

時代を越えるテント



来年2010年、ロッジ型テントを手に入れようと目論んでいます。

子供時代、父親の知人が所有していたテントがキャンバス地でできた大きなロッジ型のテントでした。記憶がものすごく曖昧なのですが、車に積み込むのも一苦労で、現地で組み立てるのも工事のようだった印象があります。

ボクが高校の山岳部時代になると、すでにテントはグラスファイバー製のポールを通すナイロンのドーム型が主流になっていました。当時山岳部で使われていたのはエスパース、ホソノといったテント。しかしキャンバス地のテントは厳然たる存在感を放っていて、厳冬期用の大型テントは先輩たちが高校三年のマッキンリー遠征時に使用した重たいキャンバス地のカマボコ型。冬仕様なので入口は当然ながらファスナーなどではなく、風雪に凍結する心配のない吹流し式。

同様に、大学の山岳部時代もキャンバステントはまだまだ健在で、合宿などで使用する大型のものは底のないキャンバス地の三角テント。各自の個人装備であるポンチョやツェルトを下に敷いて床作りをします。(もちろん部の備品にはエスパースのドームが何張りもあるので合宿以外の個人山行の場合は軽量のドームやツェルトを使用)

時代と共に使われる素材は変化し、現在はキャンバス(コットン)に代わり、ほとんどのテント素材にポリアミドが使用されています。これは軽くて、引き裂き強度が強くて乾きも早いのでなかなか便利です。最近ではナイロンにシリコンコーティングされたシルナイロンなんていう蝋紙(ろうがみ)の化学繊維版もあります。そういえば、昔は登山に蝋紙をツェルト・シェルターがわりに持参していたなんて話も、昔の登山文集などに散見できます。

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Posted by ユウ_zetterlund at 11:56TrackBack(1)★★逸品CLUB★★

2009年11月04日

体重オーバー

もりもりと体重が増えはじめたのは、外房に移住してしばらくしてからのことだった。

都会暮らしでは通勤、買い物、友人との待ち合わせ、会食、打ち合わせなどなど、二本の足と電車・バスで向かうのがあたりまえ。しかし田舎だとバスも一時間に一本だし、スーパーはじめ駅などがことごとく遠い。そんなわけで、どこに行くにも車に乗るようになってしまう。

結論から先に言えば、都会暮らしのほうがよく歩く、ということ。

そんなわけで、ボクも移住してから毎日車ばかり乗るような生活になってしまっていた。そんなある日、筑波のクライミングジムに久しぶりにでかけた。そこには “アキヨ”こと、ボルダリング系クライマーの野口啓代もスタッフとして在籍。彼女は以前、ここのキッズスクールに在籍し頭角を現した。

さて、高さ関東一を誇る壁を登り始めて異変に気づいた。少し前までらくらく登れていた難易度をキツく感じた。おかしいな、おかしいな、と思いながらロープに体重を預けるテンションを繰り返す。

久しぶりだからさ、という仲間の言葉も耳に入らず意気消沈の帰路。いつもは大笑いしているJ-Wave“GROOVE LINE”のピストン西沢と秀島史香の掛け合いに笑うこともなかった。2時間車を走らせ帰宅してシャワーを浴びる際に久しぶりに体重計に乗ってみてびっくり。体重が6キロも増えていたのだ。

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Posted by ユウ_zetterlund at 11:40TrackBack(1)country life

2009年11月02日

弱虫クライマー



どうにも高いところが怖くてたまらない。

これは、どこかの記事にも書いた記憶があるのだけれど、たとえば・・・凹角溝のクラックを登っていて、ある箇所が大きくカブリ気味(ハング)になって、左右どちらかの凸角に身を乗り出して越えねばならない箇所に差しかかり、岩角にテープでしか支点をとれなかったりすると、もう頭の中は「ヤバイよ、ヤバイよ・・・」と、出川の嵐になってしまう。

これが地上十数メートルで、さらにあらかじめロープがセットされたトップロープであれば、なんのことはないのだけれど、高くなるだけで難易度はケタ違いに上昇してしまう。この怖さは十代の頃よりも今のほうが数倍大きくなっているようにも思えるから不思議だ。

数年前、16、7歳の頃に登った北アの岩場に出かけたことがあった。当時の記録では、いとも簡単に登っている風で、おまけに「まあまあ楽しかった」などなどいう一言も添えられていた。しかし、その場所を登り始めるとものすごい恐怖感でドキドキしっぱなし。ここを本当に登ったのか?若い頃の自分は、もしかしたら隣の別のルートと勘違いしていたんじゃないのか?

そんなことを思いながら、頭の中の出川を深呼吸でなだめつつ、なんとか仲間と登りきって握手。いやぁ、しょっぱい、しょぱい

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Posted by ユウ_zetterlund at 11:34TrackBack(1)ダイアリー

2009年10月31日

10月31日のつぶやき

http://twitpic.com/nnaaw - 夙川アトム風にこんなアウトドアマニアの一日とか
posted at 16:16:04



http://twitpic.com/nn732 - こんな一日あるかもしれない
posted at 15:41:35



http://twitpic.com/nn1kg - レスキューシステム構築中の師匠(本当は参加するはずだった訓練なう)
posted at 14:50:30



変装とは内なる意思を“見える化”すること
posted at 13:21:36



これは思考の見える化 うーんお粗末w http://twitpic.com/nm2nv
posted at 11:19:37



これは育児版ですね RT - @kazuyo_k これすごいです、ホワイトボードでの育児見える化。 RT @satoshis: @kazuyo_k リンク忘れてた。orz こちらです。 http://bit.ly/SGSxS
posted at 11:15:35


http://twitpic.com/nlcr6 Ergonomics(人間工学)+Life(暮らし)の「エルゴライフチェア」美しい http://www.ergolife.se/
posted at 08:46:28



いまの季節、星空を眺めながらビビィで寝ていると流れ星がたくさん見られるんだよ
posted at 00:10:10


画像を眺めていて新人さんの腰のベアール・6mmダイニーマスリングに気づいた。みんな進んでる http://twitpic.com/nhor8
posted at 16:13:51

  

Posted by ユウ_zetterlund at 16:34TrackBack(1)今日のつぶやき

2009年10月28日

白馬の道祖神が集う場所



道祖神といえば、思い浮かぶのは男女ふたりが仲睦まじく寄り添うようなその姿。

それを見ていると、なんだか自然と笑みがこぼれてしまいそうになる。こういう笑みがこぼれるのを面足(おもだる)と言うらしく、神社の良縁の御守りに面足大神と記されるのを見ることもある。

良縁すなわち男女の出会い。そこから生まれる笑顔や喜びは豊穣にもつながるようで、陽陰すなわち男女の象徴はそのまま豊かさを願って作られたモニュメントなどに見て取れる。

こうした男女の印象が強い道祖神には巡り歩いてみれば単独のものも意外と多い。それらが建てられる場所は集落の境の道や辻が多い。道とはそもそも外界と通じる霊的なもので、新たに道を切り拓くのに、霊的な呪として人の首を携え悪霊を祓って行われた。それゆえに道という字は首を携え進むことが表現されている。

塞(さえ)の神・猿田彦の印象なども、なんとなく重なるようでもある。

さて、外界との間境に置かれた道祖神は、もしや男女の出会いの場としての機能を備えていたのではないのか

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Posted by ユウ_zetterlund at 13:51TrackBack(1)【ネイチャーな毎日】